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The Shipwreck Standard


Hyamkeh Liamdy "The Shipwreck Standard" (1933)

Translated by Taro Kawano

 

凍った山のかけらのようなかたい雹が降ってきた昼過ぎ、ジョーイは家に避難して、ベランダでたばこに火をつけました。まず控えめに吸い込むと、口のなかにレモングラスの香りがひろがります。氷のかたまりは果樹園じゅうにふりかかり、実は傷つきました。ジョーイは何年か前、雹が降ったあとの園をまわって、雹が裂いたくだものの皮の奥に、空気に触れて茶色くなった果肉を見たのを思い出してけむりをはきました。これから二、三日したら、傷口から病気が入らないように殺菌剤を撒き、市場に出すくだものを、きずついたものと無傷なものに仕分ける作業が待ち構えています。白い光の糸を作りながら降り注ぎ、ベランダの屋根をばんばん叩く雹の音を聴きながら、ジョーイはふと、海にいこう、と思います。この丘で育ったジョーイにとって海はとくべつな場所で、とおくに行かないと見られないものでした。えいえんに逃げ出したいわけではないけれど、ここでなんとかつづけるなら、いちど海にいかないと、と、そう思ったのです。そういうときはこれまでもときどきありました。へとへとになって、自分が過ごしそうな一日しか過ごさないことがやりきれなくなって、ほかのことがなにも思い付かないような、そんなときに。電車で二時間かけて東に向かうと、いちばん近くの海岸があります。そこへいって、本でも読んで、日が暮れるまでひとりでいよう、と思いながら、ジョーイははいた煙の、みえないほどこまかい粒が自分の想像の絵を、描きそうで、やっぱり描かないのを眺めました。そのつぶつぶつがただ、何千倍も大きくて白いつぶつぶが落ちるのと、丘の木々のなかにまじって消えていくのを。