まだやっていないことが、イヨウに
巨大にみえるしょうぶんだ。
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着陸の予定を十数分過ぎて、十三時五〇分、
どうやら高度を下げていくらしい機内アナウンス
と思ったら、フィリピンとは一時間の時差があるのだった。
よていどおり。でも、からかわれたような感じ。
島が見えた。十八時にタグビララン港に到着。
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早朝五時半、バクライオン・チャーチまでトライシクルで。
教会すぐそばのフトウから、ボートに乗って、
パミラカン島へ。船上でCさんは横になってねむった。
正面に見えていた島が右手にうつり、それいがいの三方に
ほとんど海しか見えなくなったとき、不安がきざした。
が、やがて似たようなボートが二艇、みえる。
ボートは速度をゆるめ、仲間たちの近くでとまった。
このあたりにいるようだ。イルカが数匹ならんで、
背中をわたしたちに見せながら泳いでいた。
ボートをあやつっていた男が拍手した。とちゅう、
船体のわきにあった竹のオールが一本、波にさらわれて
流された。彼はわらって頭をそらした、
「もうあきらめろ」というように。
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一日、活動したら、次の一日は、
その活動を書きしるすのに使う人間とは、
どういう人間なのだろうか?
***
白い浜辺の先に木立ちがあり、
そこに足を踏みいれたあたりから、音楽がきこえる。
木立ちをぬけると、白い教会がある。
Cさんはいちどその場をはなれ、わたしとTさんは
教会の入り口に立った。日曜のミサ。
「アベ・マリア」ときこえた。最後列に、伴奏をつける
音楽家たちがいて、三人のうちひとりのおじいさんが、
Tさんに気づいて手まねきし、となりの列にならぶ
長椅子を指した。(後ろにいたわたしには
その手だけが見えた。太い、褐色の指。)
わたしもあとにつづいた。
聴いているうちにどんな気分になったか?
浮き足立っていた心はしずんだ。おちこんだのではなくて、
この時間は、わたしにとって、よかった。
しずかにしずむ気がした。足もとを明るい茶色の犬が
あるいて、足に鼻をちかづけ、Tさんの足もとに座った。
いくつコーラスを通ったかわからないけれど、終わる前に
建物をあとにした。鉄ごうしのはまった窓を風がぬけて、
白いレースのカーテンをゆらしている教会だった。
三人で、島の中央部へ、のぼり坂を歩いていく。
木造の民家のあいだを。ニワトリ、ヤギ。
いわゆる「町内会」の寄り合い所を、いくつかとおる。
屋根をつけたコの字のベンチ。
Cさんのリュックに白いプルメリアの花が
ささっている。Tさんがこっそりさしたので、
黒いリュックに、中央にむかってほんのり黄色になる
白い肉厚の花弁が光ってみえる。
帰りはまっすぐボホールのバクライオンへ。
しずかな航行で、朝の往路は
すごくゆれたことを思い出す。
***
正午ごろに宿でうたた寝をしていて、みじかい夢をみた。
そこではだれかがうたっていて、
わたしもそのうたの文句を自分がしっていることに気づく、
なぜならわたしもかれらにあわせてうたいだしたので。
***
外に出ると、午後六時の通りの煙はすごい、
メガネがくもっているのかとはじめはおもった。
ショッピングモールへ。はじめてひとりでトライシクルを
つかまえて移動する。ドライバーはケータイで
大声ではなしてわらいながら夜道をすすむ。
ひとつできるようになると、その町がすこし好きになる。
モールの中華ファストフードでごはん。
春巻きとチャーハンとコーラが一瞬ででてくる。
宿にもどるとそわそわして、ねむれない。
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一〇月一日。Cさんの職場のそばの食堂で昼食。
ライス、ビーフン、バナナ。風。Cさんのオフィスの
スタッフと知り合う。Eさんはボホールの若者の
自殺のことを話す。
Eさんと、会合へ。
女性たちのストライキ。
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少年四人のバスケットボールを見ていた。
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ヒアリングがおわったのは五時ごろ。Eさんと帰る、
が、声をかけてもトライシクルはのせてくれない。
けっきょく三〇分以上かけてオフィスへもどる。
長話。二年前はボホールもこんなに車どおりはなかった。
「あなたはライターだという。どうして書くの?」
"I think I write not to forget. No, I will forget anyway.
Even if I forget texts will remain. I like that feeling.
I'm a diarist. Texts are also fragile, but anyway."
(忘れないために書く気がします。
いや、書いても忘れるんです。
自分が忘れても、書いたものは残る、
その感じが好きなんです。
ぼくは日記を書く者です。
文章だってもろいものだけど、とにかく。)
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五時半、起床。したくして、朝食。六時半ごろ出発。
七時五分の船に乗る。最後尾。セブ空港。十時前着。
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雲の上を、沈む陽をうしろにしながらすすむ。
巨大な雲がよこぎる。(を、よこぎる)
そのうしろすがたは、ひざをかかえてすわって
しずむ夕日をながめている巨人に見える。
その桃色にふちどられた灰色の背中。
【2年後の補遺】
このテキストは、2019年の秋にフィリピンに滞在したときにA5版のノートに走り書きしていた日記のコラージュです(p.5の英文に続く日本語訳だけはあとから追加したもの)。日記を読み返しながら、あのときの空気感を思い出していました。Cさんは当時現地で生活していて、島を案内してくれた友人。TさんはCさんの職場にインターンとしてきていて、Eさんはふたりの同僚でした。
2021年10月1日 川野太郎
初出:「Los Poemas Diarios #3 Incidental Deposit: フィリピン旅行日記2019/09/27~2019/10/02」Orcinus Orca Press(2021年10月2日)