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Incidental Deposit: フィリピン旅行日記2019/09/27~2019/10/02



まだやっていないことが、イヨウに

巨大にみえるしょうぶんだ。

 

***

 

着陸の予定を十数分過ぎて、十三時五〇分、

どうやら高度を下げていくらしい機内アナウンス

と思ったら、フィリピンとは一時間の時差があるのだった。

よていどおり。でも、からかわれたような感じ。

島が見えた。十八時にタグビララン港に到着。

 

***

 

早朝五時半、バクライオン・チャーチまでトライシクルで。

教会すぐそばのフトウから、ボートに乗って、

パミラカン島へ。船上でCさんは横になってねむった。

正面に見えていた島が右手にうつり、それいがいの三方に

ほとんど海しか見えなくなったとき、不安がきざした。

が、やがて似たようなボートが二艇、みえる。

 

ボートは速度をゆるめ、仲間たちの近くでとまった。

このあたりにいるようだ。イルカが数匹ならんで、

背中をわたしたちに見せながら泳いでいた。

ボートをあやつっていた男が拍手した。とちゅう、

船体のわきにあった竹のオールが一本、波にさらわれて

流された。彼はわらって頭をそらした、

「もうあきらめろ」というように。

 

***

 

一日、活動したら、次の一日は、

その活動を書きしるすのに使う人間とは、

どういう人間なのだろうか? 

 

***

 

白い浜辺の先に木立ちがあり、

そこに足を踏みいれたあたりから、音楽がきこえる。

木立ちをぬけると、白い教会がある。

Cさんはいちどその場をはなれ、わたしとTさんは

教会の入り口に立った。日曜のミサ。

 

「アベ・マリア」ときこえた。最後列に、伴奏をつける

音楽家たちがいて、三人のうちひとりのおじいさんが、

Tさんに気づいて手まねきし、となりの列にならぶ

長椅子を指した。(後ろにいたわたしには

その手だけが見えた。太い、褐色の指。)

わたしもあとにつづいた。

 

聴いているうちにどんな気分になったか?

浮き足立っていた心はしずんだ。おちこんだのではなくて、

この時間は、わたしにとって、よかった。

しずかにしずむ気がした。足もとを明るい茶色の犬が

あるいて、足に鼻をちかづけ、Tさんの足もとに座った。

 

いくつコーラスを通ったかわからないけれど、終わる前に

建物をあとにした。鉄ごうしのはまった窓を風がぬけて、

白いレースのカーテンをゆらしている教会だった。

 

三人で、島の中央部へ、のぼり坂を歩いていく。

木造の民家のあいだを。ニワトリ、ヤギ。

いわゆる「町内会」の寄り合い所を、いくつかとおる。

屋根をつけたコの字のベンチ。

 

Cさんのリュックに白いプルメリアの花が

ささっている。Tさんがこっそりさしたので、

黒いリュックに、中央にむかってほんのり黄色になる

白い肉厚の花弁が光ってみえる。

 

帰りはまっすぐボホールのバクライオンへ。

しずかな航行で、朝の往路は

すごくゆれたことを思い出す。

 

***

 

正午ごろに宿でうたた寝をしていて、みじかい夢をみた。

そこではだれかがうたっていて、

わたしもそのうたの文句を自分がしっていることに気づく、

なぜならわたしもかれらにあわせてうたいだしたので。

 

***

 

外に出ると、午後六時の通りの煙はすごい、

メガネがくもっているのかとはじめはおもった。

ショッピングモールへ。はじめてひとりでトライシクルを

つかまえて移動する。ドライバーはケータイで

大声ではなしてわらいながら夜道をすすむ。

 

ひとつできるようになると、その町がすこし好きになる。

 

モールの中華ファストフードでごはん。

春巻きとチャーハンとコーラが一瞬ででてくる。

宿にもどるとそわそわして、ねむれない。

 

***

 

一〇月一日。Cさんの職場のそばの食堂で昼食。

ライス、ビーフン、バナナ。風。Cさんのオフィスの

スタッフと知り合う。Eさんはボホールの若者の

自殺のことを話す。

 

Eさんと、会合へ。

女性たちのストライキ。

 

***

 

少年四人のバスケットボールを見ていた。

 

***

 

ヒアリングがおわったのは五時ごろ。Eさんと帰る、

が、声をかけてもトライシクルはのせてくれない。

けっきょく三〇分以上かけてオフィスへもどる。

 

長話。二年前はボホールもこんなに車どおりはなかった。

「あなたはライターだという。どうして書くの?」

 

"I think I write not to forget. No, I will forget anyway.

 Even if I forget texts will remain. I like that feeling.

 I'm a diarist. Texts are also fragile, but anyway."

 

(忘れないために書く気がします。

 いや、書いても忘れるんです。

 自分が忘れても、書いたものは残る、

 その感じが好きなんです。

 ぼくは日記を書く者です。

 文章だってもろいものだけど、とにかく。)

 

***

 

五時半、起床。したくして、朝食。六時半ごろ出発。

七時五分の船に乗る。最後尾。セブ空港。十時前着。

 

***

 

雲の上を、沈む陽をうしろにしながらすすむ。

巨大な雲がよこぎる。(を、よこぎる)

そのうしろすがたは、ひざをかかえてすわって

しずむ夕日をながめている巨人に見える。

その桃色にふちどられた灰色の背中。


【2年後の補遺】

このテキストは、2019年の秋にフィリピンに滞在したときにA5版のノートに走り書きしていた日記のコラージュです(p.5の英文に続く日本語訳だけはあとから追加したもの)。日記を読み返しながら、あのときの空気感を思い出していました。Cさんは当時現地で生活していて、島を案内してくれた友人。TさんはCさんの職場にインターンとしてきていて、Eさんはふたりの同僚でした。

2021年10月1日 川野太郎


初出:「Los Poemas Diarios #3 Incidental Deposit: フィリピン旅行日記2019/09/27~2019/10/02」Orcinus Orca Press(2021年10月2日)