阿部結
じゃじゃん!
クイズです。(イメージしてみてね)
指さしの手をつくって、視界の端っこから端っこまで、線を真横にぴーっと引いていきます。
右からでも、左からでもいいです。
すると、ある景色ができます。
さて、これは一体なんの景色でしょうか?
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5月のことだった。
私は、その時制作していたある物語の取材をするために、宮城県気仙沼市の実家に帰省していた。それは、ひとりの漁師が主人公のおはなしで、生前に漁師をしていた母の兄の「おんちゃん」のことを考えながらうまれたものだった。
漁師をしていた頃のおんちゃんは、どんな気持ちで海に出て、どんな景色を見ていたんだろう。
私はそれが知りたかった。自分の目で見て体感したかった。そこで、親戚に気仙沼の知り合いの漁師さんを紹介してもらい、物語の制作のために取材をさせてほしい、という旨の依頼をした。すると、漁師さんは依頼を快く引き受けてくださり、私は漁師さんの漁に同行させてもらえることになったのだ。
取材の日、当日。空がまだ薄暗いうちに、私は両親と一緒に家を出た。なぜか、父も一緒に船に乗ることになっていた。途中、漁師さんを紹介してくれた親戚のおばちゃんと合流して、向かった先は家から車で約1時間の場所にある唐桑半島という所。
唐桑半島は、陸地と海が幾重にも入りくんだ複雑な地形が特徴のリアス式海岸が形成されている。その地形によって、地元の人々は豊かな海産物に恵まれ、唐桑半島では古くから漁業が栄えてきた。
その日は、唐桑半島にある滝浜漁港から出港することになっていた。朝6時。私達の車が滝浜漁港に到着し、私は小走りで船着き場に向った。滝浜漁港は、凹の形に形成された湾のちょうど真ん中から、海に向かって細長い堤防がまっすぐに伸びた小さな小さな漁港だ。堤防まで下りて行くと、 二人の漁師さんがこれまた小さな船に乗って、船出の準備をしている所だった。
「おはようございます、今日お世話になる阿部結です。よろしくお願いします。」
「はいはい、おはよう、よろしぐなぁ。」
あいさつを交わして、私と父はさっそく船に乗ろうとした。が、堤防から船はけっこうな落差があって、簡単に降りられそうにはない。
「え、これどうやって乗るの?」
戸惑っていると、漁師さんが船から言った。
「波が船持ち上げたタイミングで船さ乗んだー。」
なるほどなるほど。波をようすを見ながら、はじめに父が漁師さんに手を引かれて船に乗り、次は私の番。ちょっと怖かったけど、父に手を引かれ無事に船に乗ることができた。漁師さんに手渡されたオレンジ色の救命具を身に着けると、エンジンがかけられ、船はうなりをあげた。エンジン音とともに、私の胸もどきどき高鳴っていく。
堤防にいる母を見る。母はずっと私を見守っていた。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃーい、気をつけらいんよー!」
船は、出航した。
母は、ずっと手を振っていた。
船は、両手に羽のように白い波をたてて、海を裂き力強く突き進んだ。
なんか一匹の精子が卵子に向かって泳いでいくみたい。頭の中でそんな映像が浮かぶ。
「左、見でみらいん。」漁師さんの言葉にハッとして現実に帰る。
「海ど空しかない景色なんて、今まで見だごどねぇべ。」
私は左手の方を見た。
そこには、空と海が水平線で世界を二分している景色が、視界いっぱいに広がっていた。
ゆうゆうと輝く太陽、そこから太い筋をひいたように、海面には光の道ができていて、たくさんの小さな波が、ゆれるたびに光を反射させて、光の道をきらきらときらめかせている。海は、からだ全体でゆったりゆったり上下運動を繰り返し、でっかいでっかい深呼吸をしている。
ごくり。息をのむ。なんて巨大な生き物の上に来てしまったんだ。
私を包んだ感動という波の下では、確かな恐怖が見え隠れしていた。
船は、漁師さんが昨日海にしかけたという、タコをとるための「籠網」を引き上げに向かった。御年70歳近くにもなる漁師さんは、船の舳先に立って、煙草をふかしはじめた。海の男、なんてカッコイイ。
海面に浮かんだ目印のブイに到着すると、船はエンジンをとめた。漁師さんは、船の巻き上げ機に籠網がつないであるヒモを取り付けて、巻き上げを始めた。ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり・・・・・籠網をひとつ巻き上げるのにも結構な時間がかかる。ひとつ目の籠網がやっと船にあがった時、そこにタコの姿は見当たらなかった。その代わりに小さなウニがたくさん入っている。漁師さんはウニを手に取って品定めをすると、一つ選んで、それをナイフで切り開いてみせた。中にはオレンジ色の身が詰まっている。漁師さんはそれを海水にくぐらせて、ちゃちゃっとふり洗うと、
「食ってみらい。海水で洗ったウニが一番うめぇんだがら。」と、私に渡してくれた。
「すするようにして食わい、すするようにして。」
漁師さんのする身振りを真似して、私はウニをすすってみた。しゅるっ、海の味が口中に広がる。とろーん。ウニは舌の上ですぐにとけてなくなった。新鮮でみずみずしくて、とてもおいしい!
籠網は順調に上げられていったけれど、タコの姿は一向に見当たらない。小さなウニと、ふな虫に食べられて、見事なまでにきれいに骨だけになった魚が、船の上に転がっていく。そうやって4つか5つ目の籠網をあげた時。
「はいってだ、はいってだ。」
漁師さんが声をあげた。見ると小さなミズダコが一匹、体をくねらせて船の上をはいずり回っている。小さなミズダコは私に存分にその姿を見せたあと、あえなく網の中に入れられてしまった。その日の漁でとれたタコは、その小さな一匹だけだった。
「海さでて何も獲れなかったらどうしようって、思ったりすることはないんですか。」
今日の収穫を見て、私はつい聞いてしまった。
「漁師は魚が取れねがったらなんつごどは考えねぇよ。みんな何があっても魚獲って帰ってくっど信念持って海さででっからね。最初っから悪ぃごどなんて、考えないのさ。」
漁師さんは、答えた。
漁場を後にしてから、船は東日本大震災の津波で打ち上げられたという津波石を見に向かい、そのあと気仙沼大島のほうまで巡って、帰路につくことになった。道中、漁師さんはいろんなことを話して聞かせてくれた。唐桑に生まれ育って、中学の頃からほとんど毎日海に出ていたこと、難破した時のことや東日本大震災の後のこと、こうしていろんな経験をしながら地元の漁師たちは海とともに生きてきたんだってこと。
「漁師にとっての海は、農家にとっての畑さ。農家の人が毎日畑さ出るように、漁師もなにあったって毎日海さ出る。同じごどさ。」
もう何本目かわからないたばこを吸いながら、漁師さんは言った。
とおくには、滝浜漁港の細長い堤防が見え始めていた。
堤防の先で、母が手を振って船の到着を待っている。
「どうだい、陸地見えでくっと安心すっぺ。」漁師さんが言った。
「俺らも毎日海さ出でっけど、やっぱり陸さ戻ってきた瞬間が一番安心すんだ。」
船が堤防に近づくにつれて、ずうっとちらついていた恐怖の影は安心に埋もれ、だんだんと見えなくなった。
船から上がったあと、私達は漁師さんの自宅にお邪魔して、みんなでお茶をいただいた。
奥さんが、さっき獲ってきたばっかりのウニを剥き、みんなにふるまってくれた。あのミズタコは、水を貼った大きな鍋に入れられて、熱湯でぐつぐつゆでられていた。
小1時間ほど談笑して、私達はおいとました。帰り際、漁師さんは、冷蔵庫にある刺身やら魚やらをどっさりとお土産に持たせてくれた。
「ありがとうございました、本当にお世話になりました。」
車の助手席に乗ってから、窓をあけ、見送る漁師さんたちに手をふった。
帰り道、あけっぱなしの窓から海の風が入る。
うとうとしながら、私はおんちゃんの事を考えていた。
そうか。
おんちゃんのあの瞳は、
いろんな海の表情を、
海へ出る自分を見送る家族の表情を、
海から帰ってくる自分を迎える家族の表情を、
焼きつけてきた瞳だったか。
そうか。そうだったか。
いつの間にか寝てしまった。
車は、家についていた。
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