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教訓 2021/04/08


「仕事」や「組織」について考えることが主題になっているように感じられるフィクション、特に、新人がいろんな困難を乗り越えて、個人として、またチームの一員として成長していく…というストーリーを読んだり見たりすると、ほぼ間違いなく責められている気分になる(のに、今日はそういう漫画を読んだ)。向いていないといえばそれまでだが、そういうストーリーに胸を打たれない(悪い意味で打たれる=抑圧を感じる)自分は「仕事=人生を真剣に考えていない人」なんだろうか…と思ったりする。

 

主人公が困難に対処して学びを得ることがストーリーの骨子になるような「仕事」フィクションにおいて、舞台となる組織は、おのずと、理不尽な要求や罵声などに強い耐性をもつ共同体になっている。また、「先輩が知っていることを後輩が(指導ではなく)経験を通じて知ること」が重要なので、主人公の先輩たちは最初はきわめて寡黙だったり(一見)冷笑的な人物だったり(一見)奇妙なまでにお気楽だったりする。しかし、やがてわかるのだが、その姿勢の奥に、じつは彼らなりの「覚悟」があるのである。また、「後輩」が自分より組織/社会におけるものごとを知っている「先輩」から学ぶ一方、「先輩」は「後輩」を見てかつての自分を思い出す。…などと考えてみると、そもそも自分は「先輩」と「後輩」という言葉が苦手で、「チームの一体感」という考えが苦手だ。あと、底にどんなに熱い思いや厳しい覚悟があるとしても、それを罵声や冷笑的な言い方で伝えられるのが苦手。

 

…ここまで書いて、どうでもよくなっていた。まずあるのかないのかわからない「お仕事小説」的なジャンルにのっとってその特徴を抽出しようとしてしまうところが姿勢としてよくなくて、ほんとうに惹かれているなら、今日読んだその漫画の、固有の細部にもとづいて書くべきだ。そうする気にならなかったのに書き進めたという時点で、今日の日記はよくない。

 

寝よう。