曇り、のち雨。稽古。とりわけ寒い日。
リンチの「ツイン・ピークス」を見始めた。初見。
シーズン1エピソード2の瞑想的捜査に笑う。気持ち悪くて面白い。
思うところがあってキシュ『若き日の哀しみ』(山崎佳代子訳)をぽつぽつ読み返している。
英訳のタイトルが『Early Sorrows』で意味は同じ。とすると、原題もそういう意味なのだろう。
セルビア語ではその言葉が『Rani Jadi』で韻を踏んでいる。「若き日」と「哀しみ」は
たんに恣意的に並べられたのではなく、音の上ではたがいに近いところにあった。
「Rani Jadi」のなかには著者のファーストネーム「Danilo」の一部が隠れてもいる。
経験、目にして耳にしてきたもの、それにたいして空疎でないイメージ…のことを知りたい。
そういう気持ちで読み進めている。この本は、位置としては訳者あとがきにあたるエッセイが、
小説の続きになるように書かれている。
…というか、読み手の読んだ経験が小説の続きなんだと教えてくれる。