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January 2023



一月:川野太郎


2023/01/01|友人KからLINEあり、昼ごろから近所の神社で初詣に行くから行かないか、とのこと。KとUさんとYさんと神社の参道に並んでいたら、だれかがYさんの耳からピアスがなくなっていることに気づいた。下を見ながら参道を引き返して探したが見つからない。そのあとおみくじを引いたら三人の「失物」にはことごとく「見つからない」というようなことが書いてあり、ただ自分の引いたものだけが「出る 物の間にあり」とあったが彼らといっしょにいるあいだにはついに見つからなかった。快晴で、マフラーのいらない暖かい日だった。

 

2023/01/03|夢。ルフィーノ・タマヨというものすごく小柄な曽祖母があらわれる。タマヨはメキシコからきた。ぼくはひ孫として、画家であるタマヨの画業についてインタビューするか、彼女の仕事についてのなにかをまとめる役をおおせつかっていた。彼女の求めに応じて家の画集が並んだ棚を探すが、肝心の彼女のキャリアをあらわした年表が見つからない。

 

2023/01/04|Tと電話。最後に会ったときの印象よりはるかに調子がよさそうでうれしくなる。去年の3月に会ったきりで、つもる話をした。終盤の「食いもんが美味くなった」という彼の言葉に思わず「よかった」と喜びを爆発させてしまった。その言葉を聞いて思い出したのだが、彼の体調の悪さと食への無関心は、自分のなかで近い場所にあったのだ。自分についても世界についてもいまさら気づくことばかり、というと、おれもそう、歳をとって単調になって時の流れが速くなったとかとても言えない、と彼は言い、でも同世代でそんなこと言っている人は初めてだと言った。

 

2023/01/08|Emahoy Tsege Mariam Gebruのセルフタイトルアルバムを聴いた。とてもいい。ピアノのなにに惹かれるかといえば、こんな音がするからだ。そこに時間が入っている。

 

2023/01/10|8時前。快晴。激しくはない心の乱れ。

 

2023/01/12|7時。朝焼け。雲なし。昨日の夜に『白鯨』(幾野宏訳、『集英社ギャラリー[世界の文学]アメリカI』、1991年所収)を読みはじめた。「はたして、この世に奴隷でない人間がいるものかどうか、ひとつそいつを聞かせてもらいたいものだ。いないとすれば、おいぼれ船長がどんなにわたしをこき使おうと――どんなに小突きまわそうと、これでいいんだということがわかって、わたしは満足だ。ほかのみんなも、あれかこれかの面で同じような目にあっている――つまり肉体的な面にせよ精神的な面にせよ、ということだが。そんな次第で、げんこつは世界じゅうにちゃんと行きわたるのだから、みんな互いに抱きあって満足すべきだ」(31頁)

 

2023/01/17|洗濯物を干して、仮眠から目覚めた午後早く、晴れになっていた。うれしい。植物たちに水をやる。いつもよりよく翻訳直しに取り組める。晴れただけなのに……。

 

2023/01/18|訳しているところを電話口でAに聴いてもらう。話のなかのある事実を知ったときのAの「ええーっ!」というリアクションが新鮮で、小説自体が息を吹き返したかのようだった。焦っているけれど、少しずつでもよくなっているし進んでいると思いたい。思おう。進んでいる。よくなっている。進めよう。思おう。知り合いの家のウサギが、先日送ったCDの紙のケースを検品している画像が送られてくる。かじっていて、まったくかわいい。夜21時半、コンビニまで散歩。

 

2023/01/20|白鯨。16章「船」ピークォド号登場。船のパーツの要所要所に鯨の骨を使っている禍々しいしろものである。船の要人にみずからを売り込むイシュメイル。しかし最初に話しかけたピークォド号の船主のひとり、ピーレグ船長は簡単には彼を採用しない。「(…)おぬしが言葉通り本当に鯨捕りのことを知りたいのなら、足を入れてしもうてひっこみがつかんようになる前に、どんなものかわからせて進ぜよう。それにはエイハブ船長をひと目みることだ、お若いの」(90頁)まだ海には出られなそうだ……。

 

 

食事中の話の流れで「寝言はいう?」と同棲している友人ふたりに尋ねたら、彼が言うらしい。あるとき「ウワァー!」とすごい声で起き上がって、「上と下がひっくり返ってる!」と言い、彼女もまあまあ寝ぼけているのでスマホのフラッシュライトであたりを探した。「なにもないよ」と言っても、彼は「ちゃんと見てきて!」と叫ぶばかりだった……うろたえる彼女を残して叫ぶだけ叫んだ彼はすやっと眠った。

 

2023/01/24|夕方から雲行きが怪しくなってきて、雪は降っていないが窓が揺れるほどの強風。ベランダの飛びそうなものとアガベとサボテンをなかに入れる。

 

2023/01/25|朝9時過ぎ。かなり寒い。まさに自分と外のあいだに布団一枚しなかい。「本当に暖かさを楽しむためには、どこか寒いところが少しはなければならない」とイシュメイルは言っている。「この種の甘美な快適さの極致を味わうには、自分自身および自分のぬくもりと、外気の寒さとのあいだに、毛布一枚以外に何も置かないことだ。そうすれば、北極の氷のまっただなかに燃える熱い火花のように横たわっていることができる」(75頁)。

 

2023/01/26|7時に起きる。朝はドーナツ。正午前に翻訳1章分を送る。このままてきぱきいきたい。

 

2023/01/29|晴れ。テレヴィジョンのトム・ヴァーレイン逝去の報。日記冊子制作するが、保存し忘れて全部消える。午後、翻訳直し。21時過ぎに買い物兼散歩。

 

2023/01/31|8時半。晴れ。横に長い雲あり。


川野太郎

翻訳業。Orcinus Orca Press編集・発行人。



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